2022年12月20日火曜日

12月24日(土)クリスマスイブ 燈火礼拝のご案内

 新型コロナウィルス感染の拡大を考慮し、

マスクを着けて、ぜひお出かけください!







クリスマスは教会で・・・!

クリスマス・キャンドル礼拝

2022年12月24日(土) 19時~


日本福音ルーテル諏訪教会


今日ダビデの町で、あなたがたのために
救い主がお生まれになった。
この方こそメシアである。  
            ルカによる福音書211




































(旧約聖書)イザヤ書     9章1節~6節

(新約聖書)テトスへの手紙  2章11節~14節  

(新約聖書)ルカによる福音書 2章1節~14節
  


説教 「主イエスの誕生」筑田 仁 牧師

 私たちの父なる神と主イエス・キリストから恵みと平安とが、あなたがたにあるように。                        アーメン

 「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ。」

今夜はクリスマス・イヴ燭火礼拝です。先ほどお読みした聖書の箇所は、あるクリスチャンの言葉によると、天の御使いや天使たち、そして天の大軍勢が大きな声で讃美しているところであると言います。私たち、地に住む人間の喜びだけではありません。主イエス・キリストが赤ちゃんとしてお生まれになったこと。それは私たち人間よりも、天での喜びの方が大きいというのです。つまり、この聖夜、救い主キリストのご降誕は天にどよめくような喜びをもたらし、歓喜と讃美、栄光が溢れたひと時でありました。

この聖夜、神の独り子主イエス・キリストは貧しい馬小屋でお生まれになりました。ルカによる福音書によると、これは皇帝アウグストゥスの治政の頃であったと書かれています。ローマ帝国が栄えていた時代です。アウグストゥスは、世俗の王として、金や銀、権力、富に囲まれ、大きな宮殿に住んでいました。

他方で、幼子イエスは貧しいマリアとヨセフのもとでお生まれになりました。皆さん、今日の福音書でアウグストゥスと幼子イエスの降誕がまるで対比するかのように書かれていたことに気づいたでしょうか。

世俗の権力者アウグストゥスはローマ帝国の圧倒的な王でありました。いつの時代もそうですが、権力者は民衆に税をかけて搾取し、自らの繁栄を永遠に続かせるために、人々を武力で支配し、その力を誇示するものです。

しかし、福音書はアウグストゥスと比較しながら、貧しい、貧しい馬小屋の飼い葉桶の中にお生まれの赤ちゃんイエスをえがきます。ここで本当に人間の罪を背負い、最後には十字架にかかり私たちを贖う救い主が、実は最も貧しく、弱く、みすぼらしい姿であらわれたことを福音書は告げているのです。

主イエス・キリストは、この聖夜、この世的な価値観では何の尊ばれることもない、貧しい馬小屋の飼い葉桶のなかで静かにお生まれになりました。

今夜の福音書はこの世の価値観と聖書の見方が大きく異なることを示しています。この世の価値観では、大きいことや力があること、富があること、人から賞賛されること、これらのことが推奨されています。私たちはどうしても大きいことや、力のあることを求めてしまうものです。

しかし、聖書の世界は逆の真実を告げます。かえって、この世では貧しいこと、みすぼらしいこと、弱いこと、力がないこと、そこにこそ神からの豊かな恵みが注がれていることを語るのです。

神のみ子は貧しさのただ中でお生まれになりました。しかし、その貧しさの中に神の恵みが溢れるほどに注がれました。神の恵みや憐れみ、慰めは、人間の貧しさのなかでこそはっきりと現れたのです。私たちは神の圧倒的な恩寵が、人間的な低さや貧しさの中でこそ、溢れるほどに注がれたこの聖夜の出来事を、今晩、覚えておきたいのです。

貧しさ、弱さとは人間を本当の意味で謙虚にします。私たちは貧しいことから自分の身の丈を知らされます。貧しいことから隣人と分かち合うことを学びます。それ以上に、私たちは、貧しいことから、天から雨のように注がれる豊かな恵みと慈しみに生きることを学ぶのです。私たちは、貧しさの中でこそ、自分の力に頼らず、ただひたすら神の恩寵に依り頼み、神から祝福されて生きる信仰者の生き方を学ぶのです。今晩、神の御子のご降誕は、まるで奇跡のように、ベツレヘムの馬小屋で、貧しいマリアとヨセフのもとでなされたのです。

最後に、今夜の福音書の貧しい羊飼い達のことにふれます。羊飼いは当時、職業として蔑まれていました。しかし、この喜びの知らせは、野宿をしていた羊飼いに一番初めにもたらされました。神の憐れみはやはり、この世で貧しく弱い立場にいる人々に注がれたのです。主イエス・キリストのご降誕、その喜びは、この社会で虐げられ、見過ごされていた羊飼いたちに福音として告げ知らされました。この出来事から、私たちは貧しさの中にこそ、やはり神が共におられることを知るのです。

世俗の王であるアウグストゥスの治政は栄えたとしても十数年であったことでしょう。しかし、主イエス・キリストのご降誕からもたらされた神の愛と平和の福音は、この後、二千年たった今日でも、貧しく弱い人間に、繰り返し、繰り返し、喜びとして告げ知らされています。

この聖夜、教会にお越し下さった皆さんの上に神の祝福と、喜びが豊かにありますようにお祈りしております。皆さんの上に今宵、神の愛と平和がありますように。メリー・クリスマス。

 

望みの神が、信仰からくるあらゆる喜びと平安とをあなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを望みにあふれさせてくださるように。        アーメン

             




 

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