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全聖徒の日とは・・・・・?
教会の暦で、昨日10月31日は「宗教改革日」でしたが、きょう11月1日は「全聖徒の日」です。実は、この11月1日があったから、10月31日が宗教改革のきっかけとなったわけですが、そのことについて書いてみますね。
11月1日は、当時の教会の暦では「諸聖人の日」でした。そして、毎年、この日に、ルターが暮らし働いていた街のヴィッテンベルクで聖遺物の一般公開がなされていたのです。聖遺物とは、キリストに関係するいろんなものだとか、教会の歴史上のお偉いさんである聖人に関係するいろんなもののことです。たとえば、キリストが縛り付けられた柱だとか、十字架の一部だとか、幼な子イエスを包んだ布だとか、聖人の骨だとか、その服の切れ端だとか、そうした類のものです。
当時の教会では、そうした聖遺物を見たり触れたりするなら、私たちが犯した罪の償いが軽減される御利益があると教えられていました。死んだ後に、罪の償いをする煉獄という場所があると信じられていたのですが、その煉獄での苦しみが何万年分免除されるというような教えがなされていたのです。ですから、その11月1日の諸聖人の日に毎年なされた聖遺物の一般公開は、ヴィッテンベルクの人たちにとって、一年に一度の大事なとてもありがたい機会だったのです。
他方、他の町々では、罪の償いが完全に免除されるお札が売られていました。それが「贖宥状」、いわゆる「免罪符」として知られているお札です。そのお札を買えば、罪の償いがすべて免除されるとされていました。そのお札を買う代金を賽銭箱の中に入れて、その箱の底で「チャリン」と音がするや否や、魂は煉獄から飛び出て天国に行くことができるなんて、そんな説教?もなされていたそうです。ヴィッテンベルクがあるザクセン選帝侯が治めていた領内では、聖遺物の一般公開が廃れてしまうことを危惧して、このお札の販売は禁じられていました。でも、街のみんなは、隣の領までそのお札を買いに行ったと言います。
ルターは、ヴィッテンベルクでの聖遺物の一般公開の日である11月1日の前日、10月31日に、「贖宥の効力に関する討論」(95箇条の提題)を発表します。贖宥状や聖遺物によって、私たちの罪が軽減されるなんていうのはおかしい。イエス・キリストが「悔い改めよ」と言われたのは、そんなお札を買ったり、何か物を見たり触ったりしたら、もう罪の償いをしなくてよくなるということじゃないでしょ?そうじゃなくて、信仰者として一生涯悔い改め続けることを、キリストは私たちに望んでおられる。そしてそれは、私たちがお札を買ったり、聖遺物を見たり触ったりでなくて、キリストの十字架に立ち返ることでしょ?教会は、そのキリストの十字架をこそ宣べ伝えるべきで、お札や聖遺物を伝えるんじゃないよ!そのことをみんなで話し合いましょうよと、当時の教会の指導者に書き送ったのです。
実際にはその話し合いには誰も参加せず実施されなかったということですが、でも、当時はちょうど活版印刷の技術が開発された時代で、しかもコピーフリーの時代ですから、ルターのその文書は、たくさん印刷されて、すぐに多くの地方に住む多くの人たちが目にすることになったのでした。それが宗教改革のきっかけとされ、10月31日が宗教改革日として位置付けられるわけです。
このように、11月1日の諸聖人の日と、10月31日の宗教改革日は、大きく関係があるわけですが、現在、私たちの教会では、11月1日は「諸聖人の日」ではなく、「全聖徒の日」と呼んでいます。「諸聖人」と「全聖徒」という言葉、似てますけれど、その意味合いは大きく違います。(英語では、All saint's dayで言葉は同じですが)
私たちが今日覚えるのは、一部の教会の歴史上のお偉いさんとしての諸聖人だけではありません。全聖徒です。つまり、キリストの十字架と復活によって、神の恵みとして、神のものとされたすべての人々(聖徒たち)を覚え、すべての聖徒たちを支え導く、神をたたえるのです。そして、私たちもその聖徒たちのひとりとされていることを喜び感謝する日でもあります。
なお、この全聖徒の日は、11月の第一日曜に「全聖徒主日」として振り替えて覚えることも可能とされています。そして、この日の主日礼拝を、地上の生涯を終えて天の神のみもとに召された方々を覚え、「召天者記念礼拝」として行う教会も多いですね。
みなさんとともに、いのちの神からの希望が豊かにありますように。
大麻ルーテル教会/北見聖ペテロ・ルーテル教会のHPから引用させていただきました。
11月1日 全聖徒主日礼拝、遺影と共に・・・ |
坂本千歳先生のハープ演奏に癒されて・・・ |
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