諏訪教会の礼拝は、毎週日曜日午後3時から始まります
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教会は、誰でも自由に来ることができます。 わたしたち諏訪教会は、 いつでもあなたをお待ちしています。 |
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★ 主日の祈り
聖なる神様。
あなたは心の貧しい人々、心の清い人々に御国
を与え、この世の知恵を空しいものとされまし
た。
私たちのことばと行いを通して、この世が御子
の生涯を受け止めることができますように。
また、義に飢え渇き、平和を力強く求める心を
私たちに与えてください。
救い主、主イエス・キリストによって祈ります。
アーメン
(旧約聖書)ミカ書
6章1節~8節 (新約聖書)コリントの信徒への手紙(一)
1章18節~31節
(新約聖書)マタイによる福音書
5章1節~12節
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心の貧しい人々は、幸いである。 天の国はその人たちのものである。 悲しむ人々は、幸いである。 その人たちは慰められる。 柔和な人々は、幸いである。 その人たちは地を受け継ぐ。 義に飢え渇く人々は、幸いである。 その人たちは満たされる。 憐み深い人々は、幸いである。 その人たちは憐みを受ける。 心の清い人々は、幸いである。 その人たちは神を見る。 平和を実現する人々は、幸いである。 その人たちは神の子と呼ばれる。 義のために迫害される人々は、幸いである。 天の国はその人たちのものである。 |
「 イエスの幸福論 」
浅野 直樹 牧師
今日の日課は、みなさんもよくご存知のいわゆる「山上の説教」からでした。みなさんはこの「山上の説教」をどのように受け止められたでしょうか。
以前、戦後のキリスト教ブームの話を何度かしましたが、明治期にもキリスト教のブームが起こっていたことは、ご存知でしょう。キリスト教を含んだ西洋文化が入ってきて、当時の文化人や青年たちがこぞって教会の門を叩いたのでした。あの明治期のキリスト者の代表格である内村鑑三や新渡戸稲造などを輩出した札幌バンドもそうです。ちなみに、この札幌バンドの生みの親ともいうべき方が、かの有名なクラーク博士です。彼は、「Boys, be ambitious. ボーイズ・ビー・アンヴィシャス」(少年よ、大志を抱け)と語ったことで有名ですが、実はこの後に「in Christ イン・クライスト」、つまり「キリストにあって」という言葉がついていた、とも言われています。彼は熱心なキリスト者で、その感化を受けた学生たちが札幌バンドを作っていくわけですが、実は彼は8ヶ月しか日本には滞在しておらず、札幌農学校の2期生であった先ほどの内村鑑三も新渡戸稲造も直接的には教えを受けていないのです。にもかかわらず、です。よほど影響力が強かったのでしょうね。ともかく、当時キリスト教の影響・感化を受けた人たちは、主に下級武士…、一般大衆ではなくて、いわゆる知識層の人たちでした。内村鑑三(高崎藩士の子ども)も、新戸部稲造(盛岡藩士の子ども)もそうです。これらの人々は「武士道」に通ずる倫理・道徳観を重んじており、そのような人たちにとってこの「山上の説教」は恰好の規範となったようです。しかし、完璧に実行するとなると容易くない。なるほど、最初は素晴らしい教えだ、このように生きられたら自分の人生も社会も変わるのに、と思ったにせよ、次第に重荷になっていったのでしょう。そのように飛びついた多くの若者、文化人たちがキリスト教から離れて行きました。
そもそもですが、日本語で「教会」と訳されているギリシア語の「エクレシア」を「教会」(教える会)と訳したこと自体がおかしい、といった指摘もあります。この「エクレシア」という言葉は、もともとは「呼び集められた者たち」「集会」といった意味です。そこから、「神さまに呼び集められた人々の集い」、つまり「キリストに属する人々の生きた繋がり」を意味するはずだったのに、どこか「教えを受ける場」、学校・教室というイメージが強くなったり、あるいは組織、建物そのものを強く連想させられるものになってしまったというのです。ですから、時に海外の人たちから見ると、日本の教会、キリスト者には喜びがない、なんていう指摘もされる。真面目だけれど暗い雰囲気と揶揄される訳です。これについてある牧師が、人種・文化が違うのだから、海外のキリスト者たちのように、ワイワイガヤガヤ歌ったり踊ったりすることだけが喜びではないだろう。日本人にだって、表にはあまり出ないかもしれないけれども静かな喜びがあるのだから、放っておいてくれ、といった意見にも私は同意しますが、それにしても、やはりどこかズレてしまっているところはないだろうか、と思うのです。教会が、信仰が苦役の場、修行の場となってはいないだろうか。先ほどの例に出したように、最初は素晴らしいことだと憧れを抱いてチャレンジしてみたが、だんだんと重荷となってしまって疲れ果ててしまったとか、はなからこんなことは無理だと放り出して捨ててしまうとか、そんなことになってはいないだろうか。教会が言っていることは理想論でしかなくて、私たちの生活の場、現実には何も役に立たないようなことなんだろうか。
確かにこの「山上の説教」には、戒め的な側面が、律法的な側面があることは事実です。こうすべきだ、こうしなさい、と言われている部分が…。この「山上」で行われたという事実も、律法の付与者モーセに代わって新しい律法をイエスさまが与えられたことを意味している、とも言われています。そうだとしても、私たちはこの「律法」の理解自体が、受け止め方自体が、ちょっと間違っているのではないか、とも思うのです。なぜなら、律法の書と言われる申命記にこんな言葉が記されているからです。申命記10章12節です。一番新しい翻訳、『聖書協会共同訳』で読んでみたいと思います。「イスラエルよ、今、あなたの神、主があなたに求めておられることは何か。あなたの神、主を畏れ、主の道をいつも歩み、主を愛し、あなたの神、主に、心を尽くし、魂を尽くして仕え、私が今日あなたに命じる主の戒めと掟を守って、あなたが幸せになることではないか。」。神さまが私たちに戒め・律法を与え、それを守るように求められるのは、私たちに意地悪をするため、懲らしめるためではないのです。苦しんでいるさまを見て、喜んでおられるのではない。試練のため、訓練のためでもない。まして守るか守らないかの試験でもない。たとえ、それらの要素があるにはあるにしても、それが本質ではないのです。律法を守らせる本意・本質は、私たちを幸せにするため。これです。私たちの真の幸いを考えると、こうした方がいい、こう生きた方がいい、こういったことから離れた方がいい、その方が幸せになれる、と神さまが教え導いてくださる。これが律法。イエスさまがお与えくださった新しい戒め。「山上の説教」。だから、イエスさまもこの話しの冒頭でこう言われる訳です。「心の貧しい人々は、幸いである」と。まずは幸いを語られる。心の貧しい人々はなんと幸いなんだろうか、と語られる。なぜなら、神さまが求め、願っておられることは、いやいや、渋々、単に義務的に戒めを守らせることではなくて、私たちに幸せになってほしいからです。ここに幸せへの秘訣があるからです。ただし、もうお分かりのように、ここで言われている幸い・幸せと私たちが考えている幸い・幸せとは随分と違っている、ということです。私たちはとても「貧しさ」を幸いだなんて思えないからです。むしろ、「貧しさ」は不幸です。むしろ「満たされる」「満足できる」「全てを手に入れる」ことを私たちは幸福だと思っている。2番目の「悲しむ人々」もそうです。これは不幸でしかない。誰が、悲しんで喜んでいられるのか。むしろ、勝ち組は「喜んでいる」人ではないか。「笑っていられる」人ではないか。私たちはそうしたくて、それこそが幸福だと思って頑張っているのではないか。そう思う。そうだと思います。この逆説的なところに意味があるのです。いいえ、実は逆説でもなんでもないのです。むしろ、これさえあれば良い、ということです。これさえあれば幸せになれる。たとえ富んでいても、貧しくても、笑っていられても、泣くしかないような状況でも、これさえあれば人は幸せになれる。その答えは明白です。「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである」。「天の国」があるからです。神さまのご支配があるからです。神さまが共にいてくださるからです。迫害の時にもこう言われている。11節、「わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。」。迫害のような辛い目にあって、なぜ喜べるのか。天に大きな報いがあるからです。つまり、神さまのおかげです。そうです。神さまさえいてくだされば私たちは幸せになれるのです。逆に言えば、神さまがおられないことほど不幸なことはない。神さまの臨在を感じられないことほど、不幸で、不安で、辛いことはないのです。神も仏もあるものか、です。
近頃はあまり信仰者の偉人伝などが読まれなくなったと思いますが、私の若い頃は結構出版されていて、ちょくちょく読んだものです。その多くは大抵苦労した人ばかりでした。私たちの信仰の先達であるマルティン・ルターもその一人だと思います。私はベイントンという米国人神学者が書きました『我ここに立つ』という本を読んでえらく感動したものです。彼は62年の生涯を閉じるにあたって、「われわれは乞食だ。それは本当だ」という一枚のメモを残して旅立ったことは有名です。彼は62年の生涯を振り返って、自分は神さまの恵みをただ憐れみによっていただくことしかできなかった乞食でしかない、と思ったのでしょう。しかしそれは惨めでも憐れでもなんでもなかった。むしろそれが嬉しくって、喜ばしくって、本当に感謝なことだ、と満足していたのだと思います。ルターは当時においては、どちらかというと恵まれた人だったと思います。彼の父ハンス・ルダーは貧しい農民の出でしたが、叩き上げで鉱山の精錬所持ちの実業家に登り詰めた人でした。ですから、当時では珍しい大学にも行くことができたわけです。ドイツでは名門中の名門エルフルト大学で修士の学位をとり、法律の専門課程に進む折(エリート中のエリート・コースです)に、例の落雷事件で修道院に入ることを決意します。この修道院で彼は大いに悩みに悩んだわけです。果たして自分は本当に救われるのだろうか、と。そこで彼は福音と出会い、宗教改革者となっていきました。
「心の貧しい人」を、雨宮先生は「神に信頼する人」だと言われます。自分には霊的にも誇れるものは何もなくて、無・空っぽであることを認め、ひたすら神さまに寄りすがる人のことです。先ほどのルターはエリート街道をかなぐり捨てて修道院に入るわけですが、それは死の不安を抱えていたからです。つまり、その死の不安を修道院入りでなんとかしてやろうと思ってのことでしょう。先ほどルターの経歴をざっと見たように、彼自身父親譲りの相当な努力家だったと思われます。ですので、当時の修道院の規律を人一倍熱心に守ることによって、救いの確信を、つまり死への恐れを払拭できると踏んでいたと思うのです。それが、信仰を深めれば深めるほど、そんな努力など何の役にも立たないことが分かってくる。自分の努力や熱意など全く通用しない罪の問題にぶつかるようになる。もう八方塞がりです。自分の力ではどうすることもできない。それが、福音へと心が開かれていくきっかけとなっていく。つまり、「心の貧しさ」です。ルターもそれを経験した。自信やプライドなど、傷つくこと・失うことは確かに辛いに違いないのですが、それ以上の喜びがここにはあるわけです。それが、神さま。神さまの恵み。だから、「私は神の乞食」と言える。
これは、体験した者でしか分からないものです。言葉だけでは、単に綺麗事、理想論でしかない。しかし、この体験とは別に偉いからとか、立派だからとか、能力があるから、ではないのです。ルターだって私たちと同じように、ジタバタしたにすぎない。もし違うとしたら、逃げなかったこと。諦めなかったこと。ジタバタし続けたこと。救いを得るために。それが「心を貧しく」し、神さまの恵みへと心の扉を開いていく。
そして、もう一つ忘れてならないのは、何よりもイエスさまの存在です。世の中には、ひょっとしたら私自身もその中に含まれてしまうかもしれませんが、語っておきながらそれを実行しようとしない人は多くいます。しかし、イエスさまは違う。敵を愛せよ、と命じられるイエスさまは、ご自身が率先してそれを実行されるのです。そして、何よりも、イエスさまほど真の幸いを知っておられる方はいないのです。ここに出てくる「幸いなる者」とは、すべてイエスさまご自身の姿でもある。迫害を受けられたのも、そう。あの十字架と復活を体験されたのも、誰よりも神さまのことを知っておられたからです。その愛の深さ、広さを…。そして、誰よりも私たちの幸いを願っておられるということを。だから、幸せになりたい者はイエスさまの背中をしっかりと見つめていく必要があるということを、改めて心に刻んでいきたいと思います。